御嶽山って皆さん知っていますか?
長野の木曽にある噴火した山……ではありません。

実は東京都にも御岳山とゆー古くは山岳信仰、現代はパワースポットとして知られる山があるのですよ。
しかも祀っている神様のなかに「おいぬ様」と呼ばれる一柱がいるとか。
犬を祀っている、なんてなかなか聞きません。

ってなわけでゴールデンウィークを利用して東京の西側、青梅にある御岳山まで行ってきました。
これで3年連続でゴールデンウィークは西多摩地域に行ってますね。Discover Westな島鉄。
そもそも御岳山とはどんな山なのか。
ホームページの由緒を見てみます。
創建は第10代崇神天皇7年。武淳川別命 (たけぬなかわわけのみこと)が東方十二道を平定の折、大己貴命(おほなむちのみこと)・少彦名命 (すくなひこなのみこと)をお祀りしたことが起源と伝わります。 文書に残る最古の記録としては、天平8 (736) 年に「僧の行基が東国鎮護を祈願 し金剛蔵王権現像を安置した」とあります。これ以降、蔵王信仰・修験道・山岳信仰の地として広く知られるようになったのです。 また、平安時代の『延喜式神名帳』には、この地の地主神である「大麻止乃豆乃 天神社(おおまとのつのあまつかみやしろ)」として記されています。
中世になると山岳信仰が興隆し、戦国時代にかけて関東の修験の中心となりま す。特に鎌倉時代には「金峯山御嶽蔵王権現 (きんぶせんみたけざおうごんげ ん)」として有力な武将達から信仰され、武将の畠山重忠は鎧・鞍・太刀などを 奉納したと伝えられています。
(中略)
天正18 (1590) 年、徳川家康が関東に封ぜられると、神社には朱印地三十石が寄 進され、慶長11 (1606) 年、家康の命により大久保石見守長安が普請奉行として 社殿を改築。南向きだった社殿が、江戸の「西の護り」として東向きに改められ ました。現在の幣殿・拝殿は元禄13 (1700)年に5代将軍綱吉の命によって造営されたものです。
江戸時代中期になると、庶民の「社寺詣で」が盛んになりました。御師(おし) の布教によって講が組織され、御嶽信仰が武蔵・相模を中心に関東一円に拡がっていきました。
その後、明治維新によって社名が明治7 (1874) 年に「御嶽蔵王権現」から「御嶽神社」に改められ、さらに昭和27 (1957) 年に「武蔵御嶽神社」と改めて現在 に至っています。
引用:武蔵御嶽神社HP http://musashimitakejinja.jp/history/yuisho/「神社由緒」(2025年5月7日)
なるほど、御岳山(≒武蔵御嶽神社)は古代から近世に至るまで時の政権を守護する性格と、神仏習合の山岳信仰・修行の場所としての2つの異なる性格をもっていることがわかります。
また、庶民からの信仰も江戸時代からは集め、明治期の神仏分離を経てなお現代まで信仰・観光の場として認識されているとゆーわけです。
それならば、御嶽駅からケーブルカーの駅(御岳登山鉄道滝本駅)までバスも出ていますが歩いて登ったほうがよいでしょう。
おいぬ様からの評価が上がるはずです。
昔の修験者や庶民へのリスペクトを忘れない島鉄。

ちなみに駅からケーブルカーの駅までは2.5kmほどあります。
そしてバスのみならず車でケーブルカーの駅へ向かう方も多いです。駅前の地図に等高線引いてあるの初めて見たかも……。
何が言いたいかというと、オール歩きを敢行するとメチャクチャ急な坂をハーハー言いながら排気ガスを浴びて歩かねばならない、ということです。
ああっ、勾配が急になったと思ったら道路に丸がいっぱいある!!
【勾配フェチの坂の話】このドーナツ型の凹みがあると、それは激坂確定のサインです!|公益社団法人土木学会【土木学会WEB情報誌『from DOBOKU』〜土木への偏った愛】
↑真空コンクリート舗装っていうんだね、キミ。
ゴールデンウィークに行ったからでしょうか割と車の往来も多かったです。御嶽駅を出て40分ほどかけてようやくケーブルカーの駅まで着きました。

ちなみにバスだと御嶽駅から8分でケーブルカーの駅まで着きます。
賢明な方はバスに乗ったほうがよいことをオススメします。
登山する前から疲れるので。特に膝にきます。
関東一の急勾配を誇る御岳登山鉄道のケーブルカー、には乗らず!
これから己の足で詣でたいと思います。
標準コースタイムは1.5時間だそう。そこそこかかりますね。
ここまで40分歩いているのであわせて2時間かぁ。

鳥居の前でパシャリ。
鳥居の後ろにある滝本の大スギは、昔ここまでやっとこさたどり着いた修行者あるいは参拝者が一息ついた場所だそう。
奇しくも島鉄も同じ気分です。
幸いここからの道は勾配がそこまで急ではなく、息を整えることができました。とはいえ舗装されているので結構膝にダメージが……。
ちなみに御岳山はこの先も山頂まで舗装路です。武蔵御嶽神社HPに記述があった御師集落が山頂付近にあり、今も100人以上の人が住んでいます。
18代目の青年神主、東京・御岳山で宿坊を営み、信仰を守る【武蔵御嶽神社(東京都)馬場慶太郎権禰宜インタビュー】 | ホトカミ
山頂までの道は生活道路でもあるため、舗装されており階段状の登山道にはなっていないわけです。なるほどね。

登っていると、ときおり
ろくろっくび

確かに、うねうねした道が首っぽい……?

ケーブルカーの線路

ケーブルカーの橋桁

なかみせ(茶店は現存しない)

お地蔵さま
と目につくモノたちが島鉄の心を癒してくれます。
ケーブルカーはともかく、昔の人も山登りの最中にこういった場所で休みつつ山頂を目指したのでしょう。

だいこくのお
ここから先は尾根を横切るため勾配が緩くなり、これを大黒様のおかげ(←?!)として感謝の意を込めここから大黒様の尾根として「だいこくのお」と呼ぶようになったそうな。
大黒様がどこから出てきたのかイマイチ分かりませんが、実際にこの先緩やかな坂道となったため島鉄も大黒様に感謝しました。
サンキュー大黒!


あんまがえし
この付近は坂が緩やかで平坦なため、按摩さん(現代風に言えば整体師でしょうか、近世までは盲目・弱視の方が按摩を生業にしていました)が御嶽神社の境内に着いたと思って、参拝して引き返してしまったという逸話からこんな名前がついたそう。
……いくらなんでも狭すぎないか、御嶽神社。
こういう逸話がどのように定着したのか気になるところです。口裂け女の噂研究みたいな。さすがに都市伝説と違って文献として残ってはいないだろうなぁ。

しばらく登っていると、唐突に集落が現れます。
うわっ! 山の上に人が住んでいる!!
分かっていてもテンションが上がりますね。
宿坊や講の石碑が立ち並ぶ光景が広がっています。
市史編さんこぼれ話No.21 「御嶽講と講碑、そして愛犬祈願」|東京都小平市公式ホームページ
ふーむ、武蔵御嶽神社の講は雨乞祈願だったのか。
石碑は戦後のものがほとんどですが、中には江戸時代のものも。


宿坊もリニューアルしたところと、古くからの茅葺きなところまで様々です。
絶景かな。遠くに武蔵野とビル群が見えます。
青の住居表示板を見ると、ここが集落なのだと強く感じられて不思議な気分になります。

小さな診療所もあります。

わっ、すごい人!
参道には茶屋が土産物屋が立ち並んでいて大勢の人がいます。登山道と打って変わって不思議な気分。

水飴や犬用の鹿骨、玉こんにゃくと色んなものを売っているお茶屋さんを発見。

鹿肉ローストが売っていて珍しかったので購入。
脂質の少ない滋味あふれる美味しさ。
古狸山、という店名がユーモラスで素敵です。
軒下にある明治スカットの瓶も歴史を感じられてすき。

ようやく武蔵御嶽神社の大鳥居に着きました。
Twitterでも触れたのですが、疱瘡社(天然痘を流行らせる悪神を祀っている)はこの大鳥居より手前にあります。
https://x.com/pentaro1129/status/1919694402080928050?s=19
境内のなかに疱瘡を流行らせないために大鳥居の外で祀られているんですね。
ずんずん歩きます。

あっ! 大菩薩峠の石碑だ!
www.aozora.gr.jp大菩薩峠は戦前の新聞小説で、幕末を舞台にニヒルな剣士机龍之介が主人公として出てくるのですが、殺人を厭わないので今風に言うとダークヒーロー。そんな机龍之介が旅をしながら決闘する……そんな内容です。小説冒頭で剣道試合の舞台として御岳神社が出てくるから石碑があるのですね。
といっても島鉄は若くして亡くなった雷さまこと名優市川雷蔵演じる映画(大映版1960-1961)しか知らないのですが……。
勝手ながら小説の名前の通り山梨県の大菩薩峠しか頭になかったので、まさか東京で大菩薩峠の石碑に出会うとは思わず、1人嬉しくなった島鉄でした。
この他にも各所に御嶽講の石碑があって面白いです。

練馬区に戦前の麹町区(今は千代田区ですね)、横浜の港北区など武蔵国一円(埼玉県、東京都、神奈川県東部)から御岳山に詣でた石碑が建っています。
四国だと八十八ヶ所お大師様の御札、富士講や伊勢参りなんかも有名ですが、関東(武蔵)では御嶽講が根付いていたわけです。東京では、たまーに御嶽神社の祭神おいぬさま(大口真神命)の札を貼っている家を見ることがあります。
京都大阪で鍾馗様を屋根に飾っているのと同様、この家は古くからの地元民なのだなぁなんて思えるので出会うと個人的には少し嬉しいですね。
閑話休題。
拝殿まで着きました。
宝物殿は残念ながら16時までとゆーことで入れず。
こんなに澤乃井(東京都青梅にある地場の酒蔵です)の酒樽が積まれているのは初めてかも。


愛馬三日月を担いで崖を降りるとゆー伝説(源平合戦鵯越の逆落し)の残る畠山重忠像が勇壮な雰囲気を醸し出しています。
坂東武者の誉れとも言うべき人物の像を見て、ここ御嶽神社が武蔵一円で信仰された霊山なのだ、と感じますね。

拝殿の狛犬は……なんかスタイリッシュ?!
ニホンオオカミ風です。
musashimitakejinja.jpお札で描かれているのとそっくり!
この狛犬は1985(昭和60)年製なのでそれほど古くはありませんが、御嶽神社のイメージにはぴったりかもしれません。

さらに奥へ進むと……。
あった!
おいぬ様、大口真神命を祀っている神社です。
本殿を取り囲むように社殿があるのは出雲大社を思い出させます。

愛犬……はいませんが、すべての動物の健康を祈願しました。
さらに裏手に回ると奥宮遙拝所があります。
奥宮、と言っても何か建物があるわけではありません。
ここからは遥か向こうに三角の美しい山容……奥ノ院峰が見えます。
元々の御嶽信仰とはこの美しい山に畏敬の念を抱き祈るものだったのでは……と思わされますね。
体力に余裕のある方は行ってみてもいいかもしれません。

美しい……。
一通り参拝を済ませ、長蛇の列となっているケーブルカーに乗り込みあっという間に山を降りました。
ちなみにケーブルカー乗り場までの道から見える木々にはムササビの巣箱が用意されているので見つけるのもまた一興です。

いやぁ、東京の西側にはまだまだ知らない場所がいっぱいあるなぁ。
東京には自然がない、と思っている皆さん!
たまには多摩へ足を伸ばしてみてはいかがですか!!
……最近雨続きで寒いですね。
ではでは。
