家の窓の外では雨が降ったり止んだりしていて、山には白い雲がかかっているのが見える。山は雲があるだけでいつもよりも神々しく見えるのはなぜなんだろう。
景色を眺めているうちに夏に訪れた町のことを思い出していた。
尾鷲旅行について書きたい。
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尾鷲は三重県の南部に位置している。
和歌山県の新宮は旅行したことがあったが、尾鷲はまだなかったので気になっていた。雨が多くヒノキが特産と小学校の頃に教科書で読んだ。
新宮出身の小説家である中上健次が、新宮が舞台の作品内で
いったいその男がどこからやってきたのか、誰も知らなかった。いや、狭い町のことだ。おおよその検討はついた。まず言葉だ。阿田和から木本、せいぜい行って尾鷲あたりらしい訛だった。
中上健次「火宅」『岬』p.77、文春文庫、1978年
と書いているので、どうやら新宮からは一帯として認知されているらしい。
調べみると三重県的には「東紀州」という地域で扱っているようだ。このあたりは行政区分と文化的な連続性にズレがあるのかもしれない。最近読んだ『新しい日本地理』が地域区分を批判的に見ていたことを思い出す。
尾鷲へは、京都からだと近鉄で松阪まで行き、松阪からJRの紀勢本線というルートになる。紀勢本線は本数がシビアで、ああ紀伊半島に来たなあという感慨があった。

尾鷲駅

紀勢線。新宮方面は12時台を逃すと次は15時台…!
今回はゲストハウスに泊まって2泊3日を過ごした。追々書くが、人を巻き込むパワーのあるオーナーさんのおかげで尾鷲を満喫することができた。
海沿いを歩いていると海上保安庁の船が停泊している。海の水が深い緑色なのが熊野灘ってかんじだ。いやどうだろう、日本海もこんな色かも。
話が飛ぶが先日Xで、『釣りキチ三平』の矢口高雄さんが画で海と川を描き分けているのがすごいと話題になっていた。秋田の横手市増田まんが美術館で原画を見てすごいなあと思っていたのでうれしかった。

巡視船「すずか」
海上保安庁のキャラクター「うみまる」「うーみん」が「着けるんやりー救命胴衣」と尾鷲弁を話していた。海の事故が118番なのは知らなかったよ。

うみまるとうーみん
海を背にして陸側を見ると、すぐ山が迫っているのがわかる。尾鷲の町は山に囲まれているのだなあ。

山・雲・鉄塔
朝ごはんを食べに喫茶店へ。
川沿いの「Cafe Scale」さん。到着するとすぐに激しい雨が降ってきた。

北川と山々

土砂降り

広々としておしゃれな店内

ケニアの深煎りと焼き立てのトースト。美味しかった。
小学生以来の尾鷲=雨という観念がますます強化されたのであった。
お店を後にして北川沿いを下っていくと、大きなクスノキが見えた。尾鷲神社である。

大きなクスノキ

尾鷲神社
由緒を読むと、ここ尾鷲神社は熊野古道の難所「八鬼山峠」の近くにあり、旅の安全祈願で人気があったそう。熊野古道は伊勢参りと合わせて「伊勢に七度、熊野に三度どちらかけても片参り」というくらい旅人たちに親しまれてきた。ぼくはまだ伊勢×1の熊野×2なのでだいぶ足りない。またお参りしたいな。
町のやや外れにある神社から、ふたたび市街地へと戻ってきた。
尾鷲の町はコンパクトにまとまっている。高台にある駅から海へ向かって紀望通りが坂道になって延びており、そこがメインの商業エリアだ。駅の近くにはこんもりとした中村山公園があり、頂上には天文科学館がある。高いところが好きなので登ってみた。

中村山公園。避難場所になっている。

尾鷲市天文科学館
お盆なので休みかなと思っていたら、なんと開館していた。受付にいた係の方が案内してくれて、とても丁寧に望遠鏡の解説をしてくれた。

望遠鏡は360度回転して星を追いかけることができるそう
焦点距離の異なる2つのレンズ(ニュートン式とカセグレン式)が備わっていて、天体の距離によって使い分けているとのこと。単焦点レンズのカメラ2つ持ちと同じだ。カメラや星に興味を持つぼくの様子に、係の人の解説もますます盛り上がるのであった。

観測日誌
ご厚意で屋上にも登らせていただいた。海と尾鷲の町を一望できて素晴らしかった。
あのあたりに中継カメラがあるよと教えてくれた。後日、テレビを見ていて本当に中継されていて、これ知ってる!と感動した。


屋上からの眺め
そんなこんなで昼食の時間である。ゲストハウスのオーナーさんおすすめのハンバーガーショップ「BAKUBAKU」へ。

BAKUBAKU
店内はアメリカンスタイルな内装で、軽快なミュージックが鳴っていて、クラフトビールも置いてあった。すごく好みだ。テンションが上がってバクバクバーガーと昼からビールを注文。目の前でパティが焼かれて、テーブルに運ばれるとこのビジュアル。awesome!(オーサム!)

ハンバーガーと伊勢角ビール
昼からお酒も入ったしこの日はのんびりしよう(ゆっくりして紀勢線を逃したのもある)。そういえば時間軸ズレるけど食べ物つながりで、前日夕食の寿司も美味しかったので紹介しておく。

紀望通り沿いの華すし
食後の散歩に、駅の裏側の国道42号沿いを歩く。車を想定した店舗が多く、地元の人はこっちによく来るんだろうなという印象だ。

国道42号。静岡県浜松市から和歌山県和歌山市までをつなぐ。
イオン尾鷲店に入って2階のゲームセンターのソファでぼーっとしたりする。

イオン尾鷲店。建物2階の窓が丸くてかわいらしい。

くおり亭、名前がいい

パチンコ店のキング観光
国道散歩を終えて駅のほうに戻ってくる。ちょうど紀勢線の車両が見えた。そのレアさを身を持って知った一日であった。

紀勢線の車両
一休みしようと喫茶店を探して歩いていると、ちょうどいいところに発見。その名前は、「磯」。漢字一文字の潔さ、アールデコ調の直線的なファサード。ただならぬ雰囲気をまとっている。

磯
店内はまさに海のなか。ほんとうに「磯」だ。あの外観からこの内装は予想できなかった。みんな、町の喫茶店にはどんどん入ったほうがいい。

スピッツのアルバムの写真みたいに並べられた貝

作り付けのさかなくんたち
凝ってて世界観あっていいなあ。よく練られたアイスココアも美味しい。
ちょうど放送中のアニメ『さよならララ』が人魚姫の物語なので連想した。セル画調の画面に少女マンガ的なキャラクターデザインのヒロイン。こんな表現ができるんだと驚いた。滋賀が舞台なのも琵琶湖好きの新米京都人としてうれしかった。話の筋は正直後半かなり重いのだが、人と人との関係の苦いところと、だからこそ光る美しいところを正面から描いていて真摯な作品だと思った。
さて、宿に帰ってきてくつろいでいると、オーナーさんが話しかけてきてくれた。ここは古民家を改装してゲストハウスにしているそうだ。泊まったアーティストさんの描いた絵が描かれていたり、知り合いの人がリフォームをしているようで、見るところがたくさんあり楽しい。

ゲストハウスの階段
オーナーさんに気に入ってもらったのか、なんと夜の知り合いとの集まりに来ないかと誘っていただいた。すごい展開だ。こういうときは流れに身を任せて飛び込んでみよう!

イントゥ・ザ・ミンカ
まさか知り合いのおばあちゃんの家に遊びに行くことになるとは。
家は車でしばらく行った三木浦のほうにあり、めちゃくちゃ広かった。探検ができると言っててどういうことかと思っていたら、ほんとうに複雑な構造で、どこがどうつながっているのか把握できない間取りだった。写真は、ここつながってるの?!と屋根裏を身をかがめて進んでいくところ。家はいちばん多いときで20人くらいが暮らしていたそう。
実はこの日はお盆の精霊送りの日。それに参加しに来ていたのだと後で教えてもらった。漁港では火が焚かれている。

焚かれている火
やがて夜も更けてくると、いよいよ初盆の精霊が船に乗せられて、海へと出航していく。西方浄土へ行けるようにと願いが込められている。

精霊を乗せた船
西方浄土とは、仏教において阿弥陀仏がいるとされる浄土のこと。浄土にはいくつかの種類があり、たとえば近くの熊野では、僧侶が船に乗って南方の観音浄土を目指す補陀落渡海という信仰があった。仏様の違いはあるが、実践としては両者は似ていると感じる。それは海の向こうとこちらが、あの世とこの世、彼岸と此岸という根源的な観念と結び付きやすいからかもしれない。
やがて船が沖のほうに行って見えなくなると、いよいよクライマックスだ。供養の花火が打ち上がった。集まっている人々からも大きな歓声が上がる。お盆に合わせて帰省をしている人たちも多いらしい。たしかにこれは盛り上がるなあ。


海と花火
素晴らしい行事に参加させてもらった。誘ってくれたオーナーさんありがとう。
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翌日。近隣で行きたいところがあるが紀勢線とバスでは難しそうなので、レンタカーで向かうことに。目的地は須賀利町。尾鷲市の飛地だ。
以前は尾鷲の町から船で行けたそうだ。小さな漁村の町並みをぜひ見てみたい。
到着して営業中のスーパーでかつお節を購入する。店主の方に話を伺うと、昔は夜9時頃でも人が来るほど繁盛していたそうだ。それと比べると最近は静かになってしまったという。ちょうど千葉で豪雨があったばかりで、このあたりは津波が心配だとおっしゃっていた。
須賀利漁港から山のほうに続く階段が見えた。普済寺だ。登ってみよう。

普済寺への階段
階段を登りきると、目の前には絶景が広がっていた。

須賀利の町並み
湾に面して漁師町の民家の瓦屋根が波のように連なっていて美しい。来てよかった。
眺めていると激しい雨。この流れにもだいぶ慣れてきたぞ。

普済寺の本堂
彫刻が立派で精緻な作りだなあと感心していると、住職の方が説明してくれた。
この本堂は江戸時代に現在の竹中工務店の祖である竹中和泉が大工棟梁として作ったもので、彫刻は名古屋の彫刻師である二代目瀬川治助の作品だそう。往時の町の繁栄と須賀利の人々の願いに想いをはせた。

牡丹の彫刻

垂木にも牡丹
須賀利の町を存分に歩いて、尾鷲へと戻った。旅もそろそろ終わりだ。昼食をとったら因縁の紀勢線に乗ろう。
目をつけていた黄色い看板の「来々軒」に入る。

来々軒

チャーシューメンとチャーハンセット
ゲストハウスのオーナーさんが教えてくれたのだが、実は来々軒は最近アイドルグループ「i-dle」の楽曲『どうしよっかな (Where Do We Go)』のMVのロケ地になったらしい。そんなことある?!
なんなら今回宿泊した宿の古民家もロケ地のひとつになっていた。メインの漁港は尾鷲の南の九鬼らしい。ぼくはそのへんの事情をまったく知らずに訪れたので、旅先がMVロケ地の「逆」聖地巡礼という珍しい体験となった。MVはすごくいい映像だった。尾鷲を舞台にしようと企画した人は見る目がありすぎる。歌もダンスも引き込まれた。
京都に帰ってくると夜に五山の送り火が見えた。送り火には、現世に迎えた精霊をふたたび浄土に送るという意味が込められている。三木浦の精霊送りは海で、京都の送り火は山で。お盆には日本のあちこちで、それぞれの形で祖霊への祈りがささげられている。
MVの『どうしよっかな (Where Do We Go)』という問いかけが胸に響く。
ぼくは京都に引っ越してきて、こうして尾鷲にも旅行に来ることができた。したいことをしている。次はどうしようか。どこへ行こうか。そう問う自分に向けて、旅を振り返りながら、日々答えていきたいと思うのであった。





























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