埋物の庭

埋物の庭

街中にあるつい見落とされがちで埋もれてしまっているもの(=埋物、まいぶつ)を紹介します。

【小説】さんぽ・まち・かんさい――松屋町にて

作者の前書きはどーでもいい。

でも少しだけお付き合いください。

大学舞台の作品は売れないと言われて、ヒットしたのが『げんしけん』だ!と聞いたので、『げんしけん』には手を出すな!と思い、見ないで過ごしました。島鉄です。

 

島鉄の大学生活は(略)。

というわけで、私は関西に何度も「観光、研究、旅行、就活、あいりん地区を視察」……なんて理由で足を運んできました。

街歩きできないなら架空のキャラに街歩きさせてしまえ!っちゅーわけです。

ナゼ東京でないのか?話がどーも思いつかないからです。ゴメンナサイ、1,300万人の都民の皆様。

 

「何らかの創作をする」と1月に宣言してはや一年の4分の3が終わってます。まずい。

駄文ですけど、なんとなく街の雰囲気が伝わるといーな、と思って書くことにします。

なお島鉄はバリバリの関東人です。

よって方言がおかしい、という点はご容赦……ではなくご指摘ください。ありがたいので。共通語で書いてもよいのですが、「それだと東京街歩きと変わんないし、つまんない」とゆー私の意地です。

 

若い人は何となく共通関西弁というか、地域の違いが薄まっているよーな気もしますが、「ウチんとこではこんな言葉で話されへん(話せへん〈話さん〉」なんて意見があるかもしれません。

どこかで違和感を覚えると話の内容がどーでもよくなるので、教えていただけると幸いです。

あと、当然ながらフィクションなので細かいところは現実と違っていたりします。実在の団体・人物名とは一切関係ありませんのでご承知おきください。

なんて前書きが長いと誰も読んでくれなさそうですね。ではそろそろ。

 

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 さんぽするだけ。それって、楽しい?

知らない街、ひと、可愛らしいもの、変なモノ、歴史、建物……。

いろんなものが見えるから楽しいねん。

 

 多分、あのキッカケがなければ大学生活も少し違ったものになっていたのかもしれないな、と今になって思う。

大学の悩みはいろいろあるだろうけど、キミはたださんぽするだけでいい、なんて未来の自分から新入生だったころの自分に言われても信じられないけど。

 

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 4両編成のかわいらしい小さな萌黄色の電車は、明らかに負のオーラをまとった男を一人吐き出し、豪勢な発車メロディとともに去ってゆく。

 ここは大阪市中央区松屋町。ヘロヘロと階段を上る男が一人いた。

こんな書き出しは説明的過ぎるから小説ならカットされてしまうだろうな。ぼんやりと自分の思考にツッコミを入れつつ、ややかび臭い階段を上っていく。

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 大阪、という街はどんなイメージだろうか。お笑い、オバハン、たこ焼き、日本第2の都市、ヤクザ、チャリが多い、怖い、明るい、マナー悪い、楽しい、東京のライバル……。

ぼんやり脳裏に浮かぶだけでわりとある。そのたびに思う。なぜこの街に来てしまったのか。私は一瞬目をつむり、ここ1か月ばかりもう何十回も繰り返している思考を振り払った。

しばらくすればこの大阪という街に対するイメージ(というか偏見)はいずれなくなる、と思いたい。そんなことより、何より、今は……。

 「あっつ……」

 指定された地下鉄『松屋町駅』のホームから地上に上がると、なるほど「西日本は日差しが強いからアーケード商店街が発達した」説もあながち嘘ではないのかもしれない、と思った。それくらい地下鉄では忘れかけていた太陽の光がジリジリと肌を焦がしてくれた。5月とは思えぬほど暑い。

 

 目的地のアパートまでは幸運なことに日差しから身を守るアーケードつきの空堀商店街というところを抜けていけばいいらしい。このアーケード商店街は珍しく坂になっていて、ゆるい傾斜をひたすら登っていく形となる。

おかげで自転車で走るおばちゃんたちは漕がずに坂を下ってくる――登ってる人は大変そうだけど坂の下にスーパーが構えているのは至極合理的だ――本当は商店街内は自転車乗り入れ禁止なのだが、人車一体と化しているからなのかお咎めはない。

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 それにしても暑い中歩かねばならないこと、生まれた場所でない大阪ということ、この2点を除けばラッキーと言っていい。他の地方から入学した人からすれば、大阪に親戚がいて大学4年間アパートを貸してもらえる自分は超幸運の部類だろう。  

 

 ただ、それでも今までの経緯と自分がこれから何をするのか、わかっていると足取りも重くなる。いや空堀商店街は坂だから足取りが重くなるのは当然だった。

 大阪は平坦だから東京に比べて自転車が多い、そんなことを東京に住んでいた時は大して気にせず納得していた。今思えば嘘じゃないか。 いや、大阪市内はほぼまっ平だから間違ってはいないか。 

「原則と例外」というやつだ。ああ、そういう「原則と例外」をしっかり押さえることができれば東京から大阪に来ることもなく……。 

 

 いけない、またマイナス思考の渦に飲み込まれそうになっている。

 ふとポケットの中のものが震えた気がした。なんの通知も見たくなくて最近はバイブ音を切って無視していた。
今日は約束があるから仕方なくマナーモードを解除してある。久しぶりの振動。気のせいか鼓動も早くなる。

 

 スマートフォンを取り出すと、アパートの都合をつけてくれる従弟から2分おきくらいに着信が入っていた。たった今、既読をつけたから許してくれるだろうか。大丈夫さ、なにせ相手は従弟なのだから。小さい時から相手のことは知っている。鼻の穴の数からお尻の穴の数まで知りつくしてる。だから大丈夫……なんてことはない。不安だ。

 

「うわあっ」

 ふいに大きな鳴動音がした。手元のスマートフォンがあまりにブルブル震えるので思わず強く抱きしめてしまったほどだ。そんなに震えなくていいよ、大丈夫。

と茶番を道端でしていても、バイブ音が途切れないので仕方なく電話に出ることにした。

「もしもし」

 いったい人類はコミュニケーションインターフェースがどの段階に進歩するまで電話に出るとき「もしもし」を頭につけるのだろうか、なんて話でやり過ごせないだろうか。

 

 「もしもし」

 不思議だ。おなじ4文字なのに明らかに声の主は自分と比べて若干不機嫌そうだった。とても先ほどの話はできそうになかった。

するとすれば如何に自身が愚かで怠惰で、ディスコミュニケーションな人間であるかの話題くらいか。

 

「ずーと電話しててんけど。道に迷ったんやないかって心配してたわ」

 よかった。どちらかというと怒りより呆れのほうが大きそうだ。思わず安心してしまう自分が恨めしい。

「ごめん、電車にも道にも何なら今後の学生生活にも迷ってるくらいで、アハハ……」

「……」

 調子に乗りすぎただろうか。関西人はなんにでもボケると聞いたからつい「学生生活にも迷ってます」なんていうしょーもないことを話してしまった。

 しかし、事実入学してからというもの、1か月ずっと悩んでいることはたしかだし……。いや事実だとボケじゃないか……。

 

「なあ、今どの辺?迎えに行くわ。ボクのほうがまだ土地勘あるし」

「ほ、ほんと!助かる~。あ、えーとね、いまビカビカ光った電飾のスーパーのトコいるんだけど……」

 スーパーマーケットは普通こんなに電飾もなければ黄色くもない気がする。ドン・●キホーテは黄色いけど、せいぜいそのくらいだ。少なくとも東京にこんな主張の激しいスーパーがあった記憶はない。

 

「なんやァ、まだ玉出のまえにおんの。そしたらデリカいずみって総菜屋さんあるから、そこの前で待ってて!その角ちょい曲がったらアパートやから」

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「うん、よくわかんないけどまっすぐ歩いてれば着くんだよね?」

とりあえず左手に「TEA ROOM MAC」、「デリカいずみ」が並んで現れるのでそこまでいけばあとは右に曲がれば、いいらしい。RPGのモンスターみたいだ。

アパート近くに喫茶店も総菜店もあるとなれば、今後の大学生活に彩りが出ること間違いなし。

 まあ、いまは自分の住むアパートにすらたどり着けない始末だけど。

 

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「遅い」

 開口一番言われるのは当たり前として、まさかシャワー上がりにすら言われるなんて思ってもみなかった。従弟はこの炎天下、ずーとドアの前で小豆バーを咥えて20分ばかり待っていたようだった。まるで渋谷駅で主人を待っていた忠犬のようだ。

 

「ごめん、本当にごめん、いやだってまさかアパート前に20分もいるなんて思ってもみなくて……」

「まあ、ホンマは実家にもうちょいおってもよかったんやけど、お父さんと二人やと気まずくて」

 従弟の実家は松屋町駅からこのアパートめがけて歩いてきた方向の真逆にいけばたどり着く。とはいえ若干距離があるから早めに出たのだろう。地下鉄のホームから上がるだけで暑さに閉口していた身としては、ただただ謝るばかりである。

 

「あのさ、アパート貸してもらえるのはホントにすごく助かって、その、メチャクチャありがたいんだけど……その代わりの条件って言うのは、その……」

 

「3回」

「へ?」

「その、って3回も言うてる。そんな気にするほどのことと違うよ」

従兄弟は笑いながら話を続けた。

 

「いまサークルの新入部員集めるように言われててん。ね、最終的に入らんくてもええから体験入部だけでもしてくれん?」

 本日2本目のあずきバーを齧りながら従弟はアパートを貸す条件を開示してくれた。

なんだ、そんなことか。ならもっと早くに種を明かしてくれればよかったのに。

こちらは「ヤフオクに自分を出品しろ」、とか「今すぐユーチューバーデビューしろ」とか笑いのためにめちゃくちゃな要求をされるのかと不安で眠れなかったというのに。

 

「なに、そんなことボクが言うと思うてたん?今までボクそんなメチャクチャなこと言うたことある?笑いのために何でもやる、って芸人さんと違うんやから」

「いやあ、だって去年の夏会ったきりだし、大体半年ぶりくらいじゃん。大学デビュー目前ですっかり変わっちゃったかなあ、って。」

 恥ずかしながら私は浪人中にもかかわらず、昨夏に従弟と会っていた。そんな風だから志望校に受からなかったのかもしれない。

 

「はは。半年でそんな変わるわけないやん。でもコーくんには悪いけど、浪人してくれたおかげで一緒にピカピカの1回生でK大入れてよかったわ」

 従弟はそう言うと無邪気に笑った。昔からこういうところがある。誰からも可愛がられる末っ子気質というのはこういうことをいうのだろうか。うらやましい。

従弟でも似てないところはあるものだ。髪質とか。私はひどいアフロのような天パなのに、従弟はふわふわカール程度で済んでいる。うらやましい。

いや、そんなことはどうでもいい。

 

「コーくん、って大学では呼ばないでよ、頼むから」

「なんで?ええやん、コーくん・アーちゃんで」

 アーちゃん、なんて呼んだことない。私の名前は公喜なのでコーくんとは幼いころから呼ばれていた。さすがに未だにコーくんと呼ぶのは親戚くらいだけど。そして従弟の下の名前は周(あまね)、だからアーちゃんと呼べなくはないが、一度もそんなあだ名で呼んだことはない。もしかしたら小学校ではそんなあだ名だったのかもしれないが。

 

 そもそも大学でアーちゃん、とか下の名前を呼び捨てするのはまずい。いろいろ面倒くさいことになりそうだ。いちいち従弟です、と説明して回るのは億劫だ。まあキャンパスが違うから、まず問題ないだろうけど。

 

私は大阪の北東、京都府にほど近い高槻市の山奥にできた新キャンパスに4年間も通うが、周は大学名がそのまま入った阪急電車の駅前にある大きなキャンパスに通うのだ。正直うらやましい(今日これで3度目の羨望)し倍率と合格難易度だけで学部を決めた自分が恨めしい。

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K大千里山キャンパス(上)と高槻キャンパス(下)。とても同じ大学のように思えない

 

「ところで、アパートの鍵渡してもらっていい?まだもらってないから」

「あ、ごめん。忘れてたわ。ね、鍵渡す代わりに今日新入部員面接あるんやけど来てくれる?体験入部の話はしてあるから、コークンは新入部員の子の隣に座ってればそれだけでええから」

 

 それにしても本当に大丈夫なのだろうか、このあと勧められるサークルというのは。宗教系とか思想系のサークルだったら困る。何なら一族の縁を切らなければいけない。

 

「身構えすぎやって。あれよ、うちのサークルはKKKKって言うんやけど」

「名前からしてやばいじゃん」

 大変なサークルに入らされるところだった。人種差別励行サークルだろうか。白い頭巾をかぶって構内をうろつかねばならないのか。私の学生生活は山奥深い高槻キャンパスで行う奇妙な果実づくりでは断じてない。

 

「人の話遮らんといてよ。略称はどう聞いてもアカンけど、K大関西勝手に観光案内サークルってだけやから」

 評判を下げる要素しかない略称をなぜ最初に紹介したのか謎だ。最初から観光案内サークルと伝えてくれればよいのに。これが関西人のいちびり精神というやつなんだろうか。

「ちょう、興味持った?」

「ん、まあちょっとはね。どういう人が所属してるのか、ってトコだけは気になる」

「よかったあ、興味持ってくれて。それやったら今から行こぉか、新入部員面接するとこ四天王寺の喫茶店なんやけど、15時に行く約束してんねん」

 いまので興味を持ったと判断するのはどうなんだ。観光案内って具体的に何をするのだろう。全然わからない。

 

「いやあ、観光案内って言うても勝手に、やってるだけやから。そやなあ、やってることは……」

「やってることは?」

 

「今のとこ街をさんぽするだけ、かな」

 ここはずっこけるタイミングなんだろうか。幼少期より吉本新喜劇に触れていない私にはわからない。それって、サークルなのか????

 

「まぁ、実際やってみたら結構おもろいって。ボクも大阪で過ごすのは、なんやかんや幼稚園の時以来やもん。知らない街の魅力に気づく、ってええやん」

「そうかなー」

 また灼熱地獄の外に出ることを思うと、知らない街の魅力以上に知っている暑さにやられそうだ。というより、気温も心なしか東京より暑い気がする。

 

「ほんなら、清水寺連れてったげるわ。あそこ行ったらめっちゃ景色よくて楽しいで」

 清水寺?!京都に今から行くのか、と思ったがさすがにそれでは15時の約束に間に合いそうもない。

となると、大阪に清水寺があるのだろうか。四天王寺があるくらいだからそれくらいあるのかもしれないな。14時に清水寺

修学旅行のうだるような暑さと木刀を持ったやんちゃな男子生徒とジモティーの喧嘩……夜に大反省集会が開かれ、私の班は女子部屋に行くなどと、はしゃぐこともなくダウナーな気持ちのまま、日にちが変わる前に床に就いた。うーむ、やはり私にはロクな思い出がない。

ここは記憶をアップデートするためにも清水寺に行くべきだろう。違う場所だけど。

 

「じゃ、その散歩とやらに行こうかな。一日のなかで一番熱い時間帯だけど」

「街歩きはいつやってもええねん。関西一円まだまだ知らんトコばっかなんやし」

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 さんぽ、まち、かんさい。アパートのドアを軋ませながら開けると、この世のすべてを溶かしそうな日差しが、この小さな木造建造物の影を作っているのが一目で見えた。ここに4年住むのだ。もっとこの街のこと、関西のことを知らないとな。そう、自分の足で。

 とかいって、この後紹介されるのが違法サークルじゃなきゃいいんだけど。そこまで考えると、クーラーで冷えた頭は一瞬でオーバーヒートし、ノロノロとさび付いた階段を下ると日差しに焼かれ何も考えられなくなっていた。

 

「なぁこっち、地下鉄乗ってこ。暑いし」

「散歩するんじゃなかったの?」

「さすがに歩いていくのはしんどいもん。これ食べる?」

 手渡されたまだ硬さを維持しているあずきバーをかじり、清水寺へとつながる谷町六丁目駅へグダグダと歩くのだった。

 

さんぽするだけ、しんど。

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人物

神路 公喜

東京都生まれ、東京都育ち。とはいえ生家は23区内ではなくギリギリ郊外、多摩の東端にある。一人っ子で兄弟姉妹に憧れがある。

一浪を経てようやく晴れて大学一年生となるも、第一志望には不合格、進学のため大阪へ住むこととなる。

大阪には何度か行ったことがある程度で、母方の祖父母や、従兄弟である周の住む奈良県生駒市の方がまだ身近に感じている。

性格は後ろ向き、最低限はこなすタイプ。

 

北浜 周

大阪生まれ、奈良育ち。生家は人形屋で有名な松屋町にある。生駒から通学するよりも、従兄弟の公喜に貸しているアパートから通う方が早いため引っ越しを検討中。兄一人姉一人の末っ子。公喜より歳は一個下。

大学は生駒から通える範囲で、京都か大阪で迷い、オープンキャンパスのプレゼミでK大を第一志望、そのまま合格の一回生。

大阪に住んでいたのは5年かそこらなので大阪暮らしには憧れがある。

性格は朴訥、末っ子気質。

 


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次話『清水の舞台』