cafe百花は思った通り、こじんまりとした雰囲気の良い喫茶店だった。
その入口近くに四人組の大学生。学生街らしい光景といえば違いない(最もこの辺は中学・高校中心の文教地区といった方が正確か)。
問題なのは、そのうち一人は明らかにヨレヨレのパロディTシャツ(どれだけ安売りされていたら買うんだろう、というセンスのヤツだ)を着ており、顔に無精ひげ、眼鏡はプラスチック――プラッチックともいう――製のフレームでいかにも安物、眼が曇っている……という風体だったことだ。
少なくとも初対面でこの人に出会って「二度見」しない人はいないのではないか、と思わせる男性だった。失礼ながら老けて見えるし、一目で先輩と分かる。
そんな「二度見」の魔力をもつ先輩の隣には、いかにも私大生といった格好の――これは完全に偏見なのだけれども――青年が座っている。楽器ケースみたいなものを持っているし、ジェルで整えられた髪に隣と違ってよく手入れされているであろう流行りのデザイン髭。リア充、なんて言葉を思い出す。
完全に対象的な二人だが、違った意味でお近づきになり難い人のように思えた。
誰だって、周囲のことを一切考えてなさそうな風貌の同性も、自分より洒落ていて人生がうまくいってそうな同性も苦手なのではないだろうか。
いや、そう思うのはコンプレックスに塗れて周りの視線が気になる小心者くらいなのだろうか。
完全に固まっている私について、二言三言ばかり周が紹介しているようだった。
私は早くも帰りたい気分でいっぱいだったから、何を話しているのかまったく分からない。
それどころかまた一つ大きな問題を発見した。
ここで「新入部員の面接を行う」と私は伝えられていたにもかかわらず、この空間にいる私以外の三人はすでに部員なのではないか。
少なくとも老け顔の「二度見」の魔術師は先輩だし、新入部員ではないだろう。
「ま、ま、ここは何でも好きなモンたのんだらエエわ。せっかくウチのサークルに興味持ってくれてんやもんナァ。あ、一応会長の我孫子 法一郎(あびこ ほういちろう)って言うんやけど、名前長いから略してアホ、でもいいし会長、でもいいし好きに呼んでや。」
気前のいいことを老け顔の先輩が話す。さすが先輩だ。というかこの人が会長なのか……。
「いやいや、会長。奢るんやったらここはオレに出させてくださいよ」
今度は量産型私大生が口を開く。どうやらホントに好きなものをたのんでよさそうだった。
正直、4月のマンスリーマンション生活でお金がかなり減っていたので助かる。
「ところで、なんで新入部員の子ぉは来ぉへんのですか」
時計を見ながら周が会長に問いかけた。しかし本当にこの人が会長なのか……。たまに聞くマルチ商法やら宗教に熱心なあまり自分の体裁はどうでもよくなってしまう、そんなタイプではないか不安になってきた。
「子ぉ、と来ぉへん、おもんないダジャレやなぁ」
さすがにダジャレではないと思う。
「まー、そのなんや、今度正式に入る新入部員の子ぉは女子やし、男で囲むよか女のコ同士で話したほうがええんやないか、っちゅうわけで直前になって変えてん。せやから、いま新入部員の子ぉはアベノにおるよ」
そうなのか。それにしても連絡くらいよこしてもいい気がする。さては元からハメるつもりだったな。チラリと周の方を見たが、ポカーンとした様子だったから恐らく"会長"独自の差金だろう。
「ほんで、自分いつから入れるん?」
そんなマンパワーの足りていない職場のアルバイト面接みたいなノリで入部するか聞いてくるのか。
「ま、アベノにいる千代ちゃんと同じように、とりあえず一ヶ月は体験入部ってことでええんちゃいます?」
こういうケースで体験だけしてやめる人はいるのだろうか。中学時代に水泳部の幽霊部員だった私は限りなくそれに近いが、一応1年いくかいかないかくらいは部活を続けていた。
「そやな。ほならココにサインしてや」
A4の茶色い(おそらく環境に最大限配慮した再生紙なのだろう)クシャクシャの用紙をクリアファイルから出して、ニヤリと会長は笑った。
なぜクリアファイルにしまっているのにこれだけクシャクシャになるのだろうか。
私はこんなサークルに入って大丈夫なのだろうか。
今後の大学生活がいかなるものになるかは、この時にかかっている。
「そんな心配ないって、ココは男4人しか居れへんけど女の子も3人いてるんやし、楽しいと思うよ」
腕組みをして無言の圧力をかける会長に代わり、量産型私大生が誘い水を向ける。
……?男四人?
周の方を向いたが、気にする素振りもない。
「どしたん、はよ書いたらええやん。嫌やったら無理に、とは言わんけど」
「そ、そう……だね。男も女もいる、素敵なサークルだよね」
あぁ、そうか。オープンキャンパスで、もうすっかり話をしているのか。
大体、二人一緒にいると毎度「従兄弟です、男です」とジョイマンばりのライムを踏んだ紹介をするのに慣れているから、こうもすんなり受け入れられている状況は新鮮だった。
周自身は個性を尊重し自由を何よりとする旨の学校にエスカレーター方式で小中高と在籍していたから何とも思っていないのだろうが、コチラとしては気が気でない。
髪の毛が長いと許されないなら・・・・・・、女の子みたいなのはヘンだと許されないなら・・・・・・。
涙をこらえて歌うしかないではないか。
そんな目に合わずに済んだのはひとえに環境に恵まれてきたからなのだろう。実際、このサークルの面々もあまり気にしてなさそうだし、案外いい人たちなのかもしれない。
「そうそう。男あり女あり。まぁ最初、サークル立ち上げる前に周くん勧誘したときは、女の子かと思って会長が舞い上がってたけど」
「いやー、初めて女子部員が来る!と思って喜んでたら、そもそも大学生でもないし女子でもない、ってズッコケそうになったわ。こっちが勝手に勘違いしてただけやけど。でもそんななンに、入学早々このサークルに入ってくれてホンマありがとう」
うーん、しかし周もよくそんな勧誘のされ方でこのサークルに入ろうと思ったな。
「いやぁ、会長さんに手ぇ握られて是非我がサークルに入ってほしい、って言われたら断れへんと思って……」
大丈夫なのだろうか。このサークルだけでなく、従兄弟の身が心配になってくる。
「お、ちょぉ席外すわ。電話かかってきたわ」
会長が席を外すと、量産型私大生が無理にとは言わないし、よく考えて周くん経由でもいいから体験入部するかどうかまずは決めてほしい、と提案してくれた。
渡りに船、ということで「また今度回答します」と伝え、そういえば何も注文していないことに気づいた。
「もともと奢るつもりやから何でも好きなモン頼んでや」
量産型私大生はそう言って優しく微笑むと、広報を担当してる経済学部2回生の岸里 爽汰だと話し、自分は?と聞いてきた。
「あ、僕は神路 公喜……っていいます」
なぜだか、後半はゴニョゴニョと言ってしまった。
「なるほど、それでコーくんなんやな。キッシーでもソーやんでも何でも好きなように呼んでや。今日はどっか歩いてきたん?東京から来たって聞いたけど」
・・・・・・コーくんってあれほど他所で言わないでくれと言ったのに。
「ええ、東京出身なんで全然大阪のこと分かんなくて、今日は周に連れられて清水寺に行きました」
京都行ったん?とお決まりの返しをされ、いや実は大阪にも……と言おうとした瞬間。
「ちゅうことはチョロチョロの玉出の滝も見たんやな。あれエラい水量弱いと思わんかった?」
背後に会長がいた。いつの間にか電話は終わったようだ。
「あそこはキミらも乗ってきたと思うけど、地下鉄谷町線の地下トンネル工事の影響で水脈が枯れかけて、なんとか四天王寺の水源から汲み上げて滝を守ってんねん」
知らなかった。
……というか散歩サークルなのに岸里さん(急にさん付け)にいたっては清水寺が大阪にあることも知らないようだった。
よっこらせ、と年齢を感じさせるかけ声で椅子にどっかり座ると、会長はなおも話を続けた。
「東京だとあんまし有名と違うかもしれんけど、玉出の滝は上方落語の天王寺詣りって演目にも出てきてんねん」
なるほど、清水寺含めこの寺町一帯が昔から庶民も含め憩いの場であったことはたしかなようだ。
「夕陽丘の名前通り、あと一時間くらいして行ったらまた綺麗なんちゃう、知らんけど。あと四天王寺はもちろん安居神社も行ったほうがええな、あそこは……」
「会長、ところで何の電話が来はったんですか?」
話の腰を折られ、会長はやや不服そうな顔だったがすぐに不敵な笑みを浮かべこう言い放った。
「アベノに今から集合や。決起集会を行う!」
いきなり大声で決起を叫び立ち上がった会長の姿は、そもそもの容貌も含めて、落ち着いた雰囲気のオシャレなcafe百花を訪れる客層と正反対であった。
そのため完全に白い目で店員からも他の客からも一瞥(いや会長のことだから、二度見くらい)されたのは言うまでもない。
「お!やりますか!」
大阪人だからといってツッコまないんだ(偏見)。
いやこれが会長の正常運行なのかもしれない。
……大丈夫なのだろうか、このサークルは。
「よかったね、これから女子に会えるよ」
周は他の客から白い目で見られているとも思わず、脳天気に言い放ちニコニコしている。
……大丈夫なのだろうか、私の従兄弟は。
「新宿ごちそうビル前に17時待ち合わせやて、テキトーに天王寺駅前(注:JRの駅名と地域名が一致しない、大阪あるある。梅田=大阪駅の近く、アベノ=天王寺駅の近く)で時間潰さへん?」
「ならハルカスでも登って大阪案内したらエエんやないスか」
「せやなぁ、さすが広報やってるだけあるなぁ」
「恐縮ッスわぁ」
アベノなのに新宿ごちそうビル……?え?なんで?しかもハルカスは去年登ったしなあ・・・・・・。
結局入部するんだかなんだか有耶無耶な状態でアベノに連れられることとなり、あとから思えばコレが功を奏した、というか私の大学生活を位置づける大きな転換となったのだった。
ちなみにcafe百花は、その後も度々使っていたが会長が決まって大声を出すので出禁となった。
やはり、この辺が私の学生生活ひいては人生のターニングポイントなのは間違いない。
まぁこのときは、アベノ近いんだよね?でも、どのへんで会うんだろ?ハルカス見えてるからそこに行けばいいのかな?
とクエスチョンマークで脳内が埋め尽くされていたので、そんな落ち着き払って自分を見つめる余裕はなかったのだけど。
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――アベノにて――
「なんか、言うてましたァ?あのヒト」
「なんも。新入部員捕まえたとも、体験入部させたとも言うてへん。どのみち会長はテキトーやから期待せえへんほうがええかもね」
「あの、このサークルって何人くらいおる……いらっしゃるんですか?」
「男子4、うち幽霊部員が一人と女の子みたいなんが一人。女子は貴方も含めてこれで全員、3人やね」
「うちカタブツが一人、かわい子ちゃんが一人、新入部員が一人ってとこやんな~」
「やかましい。誰がかわい子ちゃんや」
「副会長はカタブツとして挙げたつもりなんですけどォ……」
「冗談やて」
「普段そぉゆーカタイ人が冗談言うんはキツイですってェ。大体副会長がかわい子ちゃんや、て言うたら女子3人と周くん含めてうちのサークルの過半数、7人中4人ががかわい子ちゃんになりますよって」
「男も過半数はカッコいいから、バランスのええサークルやわ」
「幽霊部員のケイさん抜いて会長と岸里さんの2人中1人・・・・・・って実質一人やないですか、それ」
「いや、ケイはカッコいいと思うけど」
「えぇ?!ありえへん!ケイさんって幽霊やからほぼ顔の印象残ってへんけど、カッコいいって印象ゼロですよ、永遠のゼロ!」
「……アンタがなんで他のサークル出禁になったかよう分かったわ。会長と同じ部類の人間やな」
「うわ!!いっちゃん嫌なこと言われた。新入部員の子ォが怯えてますよ。ゴメンなぁ、副会長がカリカリしててェ」
「あ、いや、そんなことはないですけど……」
「カリカリ……いや、私はチャオチュール、すなわち誰からも慕われる性格やと自分のこと思うてんのやけど」
「何にかかってるか分かれへんし、おもんないし、さっきから冗談は顔だけにしてくださいよ」
「いや、実際ウチの顔は、ブサイクかどっちか言うたらかわいい寄りなんとちがう?」
「それ、ホンマにやめてください、そういう冗談聞くとサブイボできるんで」
「……分かったわ。うん、アンタの思いがよーく伝わった。分かりあえて嬉しいわぁ、ホンマに」
「あはは……。まだ来ないんですかね、男性陣は?」
(私はなんでまた、このサークルの勧誘にフラフラとついてきてしまったんやろうか……田舎者は騙されやすいけん、気をつけんといかん、ってばぁちゃんの言うたとおりになりよるわ……)
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……新宿ごちそうビル
での決起集会(?)が、女子新入部員にとって大変なターニングポイントで、散々な目にあったことを、のちのアベノでの出会いから私は知ることになった。
「アベノって四天王寺からめちゃくちゃ近いんですね」
「せやろ、さっき滝見た清水寺から1㎞しか
離れてない、って意外な気ぃせぇへん?」
しかし、約束の17時までには少し時間がある。はたして何をして時間をつぶすのだろうか。
「そしたらこれからハルカス登って飛田の様子でも見るかあ」
「会長、今日も望遠レンズ持ってきはったんですか?」
「今日結構晴れてるし、四国のほうまで見えるンとちゃいます?オレ、前登った時は曇りであんまし見られへんかったンスわ」
ともかく会長類、ミナミ(ちゅーかアベノ)へ。*1
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・Cafe百花
思わず登場キャラクターを出禁にさせてしまいました。関西特有の厚みの大きいたまごサンド(辛子入りのやつ、フツーの出汁巻き、とバリエーションがありますが、ここのは出汁巻き卵。絶品です)があり、関西外からお越しの方は四天王寺に観光した帰りに立ち寄ってもいいかもしれません。
学生街なこともあり、この他にも喫茶店がひしめき合っていますが、どの店も都心とは少し違って落ち着いた印象を受けます(って言っておきながら、私もそんなにこの辺で喫茶店入ってませんけど)。
ガヤガヤした大阪、以外の一面も見たい方にはこの地域一帯も含めてオススメです。
あ、でも私は都会の喧騒も、鄙びた静けさもどちらも好きですよ(謎アピール)!
人物
我孫子 法一郎
会長。二浪した上に一留した三回生(学年は2年の23歳)のため年齢が一人だけ高い。
親が転勤族で、幼稚園まで東大阪、小3まで岸和田、小6まで松山、中2まで三田、高1から宇治、と関西一円に四国まで経験。
そのため訛りがグチャグチャだと言う。
夜学の法学部で昼はバイトを3件(朝は新聞配達、昼はTSUTAYA、講義の終わりと空き時間にポスティング)掛け持ちしているという剛の者。
なお、親から現役で国立大に入れなかったという理由で学費は全額自己負担(2年の予備校通いで親の用意した学費は消えた)のため、常に金欠。ファッションセンスは皆無、というよりそんなものにカネをかけている余裕はないというところか。
金欠でも楽しめる趣味として、散歩と図書館(学内外問わず)探訪を予備校生時代より続けており、岸里と朝まで飲み明かしたのちにその場のテンションで散歩サークルKKKK「K大・関西・勝手に・観光案内」を立ち上げる。
同学年の岸里とは歳こそ違えど仲良し。
副会長からは名前を略すとアホの人、とたまに呼ばれている。
岸里 爽汰
渉外の通称ソーやん。経済学部のニ回生(内部進学組の20歳)。会長とは同学年で仲がよく、口もよく回る優男。出身は大阪北部の茨木市。
元々軽音サークルだったが、イザコザで脱退。
自身でフュージョンサークルK-SQUAREを立ち上げ、そちらと兼部している。
必修課程だが朝なかなか起きられないからという理由で、ニ回生前期6時限目の憲法概論を受講したところ我孫子と知り合った。
その後、朝まで飲み明かしなぜだか我孫子と意気投合したため、フュージョンサークルを立ち上げた要領で、現散歩サークル(KKKK)を立ち上げる。
上記の経緯の通り、散歩は特に趣味でもなく大阪市内についてもそれほど詳しくはない。
*1:こーゆー冗談を実社会で言ってはいけません。いいですね、私は忠告しましたからね