同人誌に、ボーイスカウトのキャンプに、上長が濃厚接触者……と新年早々いろいろ重なりまして、小説をアップするのにかなり間が空きました。
前記事を貼り付けときます。
my-butsu.hatenablog.com
これで4話目です。
3月ってことは、今年一年の四分の一がもう終わったのか……。早いな……。
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東京スカイツリーという建造物がある。
ビルが林立する都心ではなかなかお目にかかれないけど、どこから見ても目立つため歩いて参ろうかと思いたち、歩けどあるけど着かないので何度か挑戦しては断念した思い出がある。
それと比べるとあべのハルカスはかなり目立つわりには、近くにあった。
無論、上町台地の清水寺からは1.2kmとすぐ行ける範囲なので当然といえば当然だ。
千里のK大メインキャンパスからもあべのハルカスが見えるはず、とは会長の言だった。
梅田の高層ビル群に埋もれてそうだけど、日本一高いビルのあべのハルカスは群を抜いて高いのだとか。高い建物には人を引き付ける魔力がある。それはどこからでも見られるという要素のせいなのかもしれない。
周曰く、メインキャンパスのどこか高いビルに登れば、ハルカスだけでなく梅田の外れにある梅田スカイビル(高さ約170m)も見えるのではないかということだった。
会長が話すには岡山や徳島の山からも見える可能性があるそうだ。高い建物は人の心を惹くのだな……と思いきや当の会長はどうやら地ベタをずっと見ている。
「あの、なんか見えるんですか?」
正直、せっかくそれなりの料金(1,500円)を支払って高い場所へ登っているのだから地ベタより地平やら水平線の遠くを見たい、と凡人である自分は思ってしまう。
「しーっ。アカンて。会長は今、西の方を見てんねやから。」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべると、量産型大学生(←いまいちリスペクトが足らない)こと、広報担当の岸里センパイはそう言い放った。
西、というと浄土。つまりヘヴン*1。
そんなにいいものが映っているのだろうか。
大阪の西は果てしなく……というほどでもないが、海側なので建物はごくわずかで瀬戸内海と四国くらいしか望めないことは、関東人たる自分でもよくわかっていた。もちろん景色はいいのだけど、地べたともなると話は別だ。
「なぁ、こっからやったらコー……公喜くんの高槻キャンパスも見えるんちゃう?」
周は3度目のハルカスにも関わらず楽しげだった。
1度目は生駒山の向こうの実家が見えるかで盛り上がり、2度目はヘリポートに上がって大コーフンだったと聞いた。
3度も同じところに登ってテンションが変わらない、というのは貴重かもしれない。
「もういいよ、コーくんで。高槻キャンパスって山の奥だから見えたとしてもわからないんじゃない?」
どうせだったら、場所を交換してほしい。たかつきハルカスとK大アベノキャンパス。
それだったらヒジョーに便利なのにな。
今以上に勉学に励まず遊ぶ学生が増加することは目に見えてるけど。
「ほら!あれ絶対そうやって!!」北東の端にある、一面緑色のこんもりした山を指さして周ははしゃいでいた。
うん、もうあそこ一帯が高槻キャンパスでいいよ。
真夏のオープンキャンパスで汗を流し、駅から40分ほどかけてようやくたどり着いた山奥のあのキャンパスは「めっちゃアルカス」にでも改名してほしい。
中に入ってからも無駄に広いし。高所にあり、緑が多いから涼しげなのは唯一の救いか(駅から歩きさえしなければ)。
「ほぉーっ、まだ夜には早いのに居るなぁ」
「また"飛田"観察ですか」
会長がずっと西の方を見ていたのには理由があったようだ。いつの間にやらゴツい望遠カメラを持ち出している。
飛田……ダメだ京王線の駅しか出てこない。飛田給。農民に飛びながら田んぼを配給したのが地名の由来、と小学生の頃に聞いてほうぼうに嘘を撒き散らした記憶がある。
*2
「そういや飛田、って何があるんですか?」
「あ~、いまそれどころやないから気になるんやったら周クンに聞いてや」
なかなかに冷たい。そんなに惹かれるものがあるのだろうか。
「え、ボクですか……?あんまよう知らんのですけど」
「かいちょー、俺も実は詳しく知らんので教えてくださいよ〜」
含み笑いを浮かべながら岸里センパイもわざとらしく同調する。
見つめ合うのに夢中なカップルを除き、ハルカス300展望台の他のお客さんから明らかに怪訝そうな目で見られている気がする……。
飛田って気軽に話題に出せないマズいところなのだろうか。
「ま、端的に言うとアレやな、遊郭やわ」
平然とした顔で会長は、東京でも吉原とかあるやろ?と続けて言った。
たしかに吉原は時代劇にも出てくるので有名だけど、東京都民とはいえ自分は行ったことがない。ましてや日本一高いビルから遊郭が見えるなんて考えもつかなかった。
「ここら一体は明治時代までは元々、墓場のすぐ近くで、畑もある田舎やったから、まぁあんまし人の集まらんようなとこやってん。そんなとこに南の大火で商売場所を失った難波新地の遊女を移して……まぁスラムクリアランスの一環やな」
日本一高いビルからは新世界、いわゆる大阪のシンボル的な通天閣や梅田のビル群、瀬戸内海を眺められるけど、ここが元々そんな場所だったなんて想像もつかなかった。
しかも、遊郭が未だ残っていてそれを見られるなんて。*3
時計を見るとすでに17時まで残り10分。ちらりと横目で見ると、望遠レンズをのぞき込むのに夢中な会長の様子から悟ったのか、岸里センパイがこのあと合流するサークル仲間に連絡している。どうやら決起集会とやらは延期するようだった。
向こうはむこうでキューズモール内のSHIBUYA109阿倍野店を冷やかしたり、Yogiboに全体重をあずけることに夢中だったようで、18時30分に新宿ごちそうビル前に集まることになった。
「ゴメンなあ、女子に会えるの楽しみにしてたと思うけど、しばし天空の景色に酔いしれててな」
どういうテンションのもっていき方なんだ。
「運いいとあべのべあに会えるらしいわ」
とスマホから今しがた仕入れた情報で岸里センパイがフォローしてくれた。
きっと壊滅的にフォローが下手くそなだけでいい人なんだろうな。
「あと、あべのべあって星空と夕焼けバージョンもあるんやて。ええよなあ」
スマホから顔をあげてニッコリと笑う岸里センパイに、「はあ」とひきつった笑顔しか返せない自分は、きっと壊滅的にコミュニケーションが下手くそなんだろう。
とりあえず会長と岸里センパイから距離を置くため、展望台の北側へ向かう。
ちょうど周もいるみたいだ。助かった。
すでに展望台を一周してしまっている周はテンションがやや落ち着いたのか、はたまた会長の近くにいたくないのか、天王寺公園の方面をぼんやり眺めていた。
「んー、いつ来てもハルカスは東西南北、どこも遠くまで見えるなぁ。にしても、こっから見ると通天閣めっちゃ小さいわ」
「あんな小さいのに子どものころ通天閣に登った時は大はしゃぎしてたよね」
……周は昔から高いところが好きなのかもしれない。
小学生の頃、夏休みに通天閣へ登ったときは周の祖母の家がある生駒山まで眺められることに感動したものだった。
しかし、「通天閣」の約3倍の高さの「あべのハルカス」に登ったら、いかに通天閣の展望台が低かったのか思い知らされる。
大阪万博の象徴である太陽の塔、四国と本州を結ぶ明石海峡大橋、北東に見えるのは京都タワーだろうか?天気が良い日は見られるとあるが、ひょっとしたら本当に京都タワーなのかもしれない。
幼少期の思い出を語り、空を眺める二人がいる一方で会長はひたすら地べたリアンであった。
人は高いところに登ると、世界を手に入れたかのような傲慢さに酔ったり、遠くを眺めて遠い昔を思い出したりする。
でも、ここですべきなのは空虚な酩酊に浸ることじゃない、空を眺めるのは記憶の引き出しを開けるためじゃない……。今……この時を生きるため何ができるか考え、そして未来を切り開くにはどうするか想いを馳せるためなんだよ……!
そんな感じのことを言いながら会長はカメラを覗き込み一定の範囲内をウロウロしていた。遊郭覗きというデバガメ根性丸出し行為の瘴気を隠すために、あえてポエミーな言葉を吐いていたのかもしれない。
完全に逆効果だったけど。
会長のすぐ横にいたはずの岸里センパイはいつの間にかいなくなっていた。
後で聞いたところによると、一緒にいると通報されそうなので、頃合いを見計らってヘリポートツアー
www.abenoharukas-300.jpに参加して「ハルカス〜!300~~!(なんのこっちゃ)」と絶景を見て絶叫していたそうだ。
高所で何をすべきなのかは人による(なぜか高いところに来ると叫びたくなるのは共通?)としても、大阪湾に沈みゆく夕陽を望めるのはいい気分だった。
「今日は夕陽丘行ったけど、なんやかんやビルも多いし“見晴るかすビル”あべのハルカスで沈む夕日を見るのが一番いいかもね」
と笑いながら右横にいる周に話しかけた。
返事がない。
「え、何なん……?」「こわ……」「行こーや」
いつの間にか自分の隣には女子高生3人組がいたようだ。
そうだね、3人できゃいきゃい言ってるところに急に笑いながら話しかけられたらビビるよね。周は展望台をまた周遊してるのかな。前世は回遊魚だったのかもしれない。
ハルカス300に登り、大阪市内で夕日をみるならココ!という有益な情報と、自分の笑顔はおそらく爽やかな部類ではない、という悲しい情報の2点を得られた。
「コーくん、そろそろ行くよ〜。もうすぐ18時10分やし」
「うん……。だね、ここも出禁になったら困るし……」
幸い(?)アホみたいにゴツいカメラを持ち徘徊する男、と女子高生に話しかける事案発生、という情報はあべのハルカス側に共有されなかったようで、このあとも何回かあべのハルカスには登ることができた。朝・昼・夕・夜……、あべのべあの模様のとおり、時間帯によって違う顔を見せる天空の展望台は、時間に都合をつけられる大学生としては高いけどいい暇つぶしスポットなのだ。
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「全然こーへんな、会長」
「だから言うたやないですかァ、こっちから迎えに行かないとダメやって」
「アンタ1時間前くらいに、どーせこーへんからAZUl寄ろうて言うてなかった?」
「いや~、たいして時間つぶせへんかったですね」
新宿ごちそうビルはあべのキューズモールから徒歩6分の位置にある飲食店街。
17時集合のはずが18時30分集合となり、時計はちょうど18時28分を指していた。
「私たちだけでもお店に先に入ったほうがええですかね?」
「うーん、せやんな。入ろか」
「そしたら会長から余計にお金貰いましょ、遅刻代くらい貰わないと割に合わへんもん。そうですよね?副会長!」
「アンタのそーゆーとこ、尊敬できひんけどすごいと思うわ」
「……そりゃ、どーもォ」
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ここが新宿ごちそうビル。思い切り壁面に新宿と書かれていてクラっとくる。ここは間違いなく大阪アベノなのだけれど新宿と書かれているのだ。
まあ駅近くに闇市の跡みたいな飲み屋街があって雑多な雰囲気を湛えつつ、再開発によって最新の施設が隣接する様は似ていなくもないけど。
「ここ、散歩サークルって聞いたけどそんなサークルにも女子部員いるんだね」
「なんやかんや散歩という目的さえあれば、なんでもできるからかもしれんね」
会長の機嫌を損ねることがないようヒソヒソ声で話す。
壁のようにそびえる新宿ごちそうビルに当初の30分以上の遅れで着いたKKKK男子部員は女子部員からの無言の圧力を感じつつ、地下の某居酒屋個室に腰を据えるのだった。
ああドキドキする。
自分と同じく何も知らずにつれてこられた、という風の新入女子部員と目が合い、思わず会釈する。
周も少し緊張気味だ。男性陣は会長がテキトーだからか弛緩しきった雰囲気だったけど、女性陣は眉間に若干しわを寄せるボブカットの女性(のちに副会長と分かった)を筆頭に若干「怒り」の満ちた雰囲気であった。
とにもかくにも、自分にとって初めてのか゚顔合わせ・入部体験の話は、今になって考えると緊張しすぎにも思えるけど、あまり考える暇もないまま始まったのだった。
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・ハルカス300
言わずと知れた日本一高いビル。東武鉄道の東京スカイツリーといい、路線長の長い鉄道会社はランドマークを欲するのでしょうか。
小説中で紹介した通り、ヘリポートツアーをやっているほか、雨の日でもあべのべあ(雨Ver)に出会えるなど工夫を凝らしています。
近鉄百貨店でお買い物→あべのハルカス美術館で絵画を愛でる→展望台で関西一円を眺望→マリオット都ホテルのレストラン・バーで食事を楽しむ
上記これらがすべて一つのビルで完結するというスゴさ(←金欠なので私はマネできません……)。
ふもとには闇市の雰囲気を色濃く残した居酒屋街や、少し足を延ばすと飛田遊郭・あいりん地区のドヤ街もあるなかなかにディープなスポットでもあります。
チンチン電車(阪堺電車上町線)の発着駅もすぐ近くにあり、オモシロイです。